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fxdondon presents 世界の政治・経済・財政を考察し、外国為替相場を読み解きましょう

円高マグマ

ロイター
日銀がマイナス金利政策を始めてから4年がたった。いわゆる異次元緩和の開始から間もなく7年になる。「戦後最長の景気拡張」が今なお続いているかどうかの形式論は別にして、この7年間、日本経済が緩やかな成長を続け、雇用情勢も大きく改善したことは、動かしがたい事実である。
企業業績はそれ以上に改善し、株価も大幅に上昇した。日銀推計の需給ギャップも、最近3年間は連続してプラスの領域にある。循環的にみれば、経済は正常に動いているどころか、それ以上に良好な状態にあり続けているということだ。
それでも日銀が、マイナス金利など極端な緩和政策を延々と続けるのは、経済情勢が正常かどうかではなく、2%インフレが実現するかどうかで政策を決めているからである。
インフレ率が低い分だけ円高になるというのは「実質為替相場」が一定ということを意味する。理論的には、この実質為替相場の長期的な安定こそが重要なのであって、内外でインフレ格差が存在すること、そして、それを反映して名目為替相場の水準が緩やかに変わっていくことは、問題ではないのである。
もちろん経済界には、名目為替相場の変動によって企業業績が左右されるのは困る、という思いがある。したがって、名目為替相場の安定に資するという論理を使えば、2%目標やそのためのマイナス金利に対して、経済界から理解が得られやすい、と日銀が考えているとしても不思議ではない。
2%を目指してマイナス金利などの極端な金融緩和を続けた場合、それはしばらくの間、円安要因として作用すると考えられる。一方、緩和を続けたところで物価への効果は限定的なので、内外インフレ格差が消えず、購買力平価、すなわち為替の長期的な理論値は、徐々に円高になっていく。
つまり、物価への効果が乏しいのに極端な緩和を続けると、実際の為替相場は、長期的な理論値に比べて、次第に円安方向にかい離していくのである。これは、将来何らかのきっかけで、実際の為替相場が理論値に向けて急速に修正されていく、という円高リスクを蓄積していることになる。
2%インフレは実現しないという現実を冷静に受け止めるなら、景気が好転する局面などをとらえて金融政策を徐々に正常化しておく方が、将来における「突然の円高」のリスクを小さくできるのである。
2%インフレは実現できるならそれに越したことはない。その最も基本的な理由として学界や海外中央銀行の常識になっているのは、金利の「のりしろ」を確保することの重要性である。
平常時にある程度のインフレが存在する方が、その分、金利水準も高くしておけるため、経済に負のショックが加わった時の利下げ余地を確保しておける、という議論だ。筆者もこの点には同意する。
しかし、繰り返し述べたとおり、そういうベストの解は、残念ながら日本では望めない。もちろん、将来何らかの幸運が働いて安定的な2%インフレが実現する可能性を、完全に否定するつもりはない。
しかし、確率の低い幸運を当てにするのではなく、現実と向き合ってセカンドベストの解を模索することが、責任ある政策のあり方である。最も避けたいのは、ベストオプション(2%目標)を深追いするあまり、ワーストの解(将来の突然の円高)に陥ってしまうことだ。
マイナス金利など極端な緩和を続けた状態のまま、将来どこかの時点で米国の景気後退など大きな負のショックに見舞われた場合、1)為替相場が理論値よりも円安になっている、2)金利の「のりしろ」がない──という2つの力学で、為替が一気に円高に振れてしまうリスクがある。
そういうリスクをあらかじめ最小化しておくことこそ、本当の意味で「為替の安定」に資する金融政策である。実現しない2%インフレは無理に追わず、機を見て金利の正常化を図り、購買力平価に沿った緩やかな円高へのソフトランディングを許容する――。それがセカンドベストの解なのである。

(本コラムは、ロイター外国為替フォーラム向けに執筆されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています)