fxdondon’s blog

fxdondon presents 世界の政治・経済・財政を考察し、外国為替相場を読み解きましょう

変化する避難通貨と決定要因

金融危機や紛争など投資家のリスク回避傾向が高まる(リスクオフ)時には、低金利流動性が高く経常収支黒字国の通貨が一時的な「避難通貨」として買われる傾向がある。日本は「避難通貨」である円の性質によって、世界的な金融ショックや政治・政策の不確実性の高まりに伴う円高に悩まされてきた。
しかし、少子高齢化で生産年齢人口が減少し、政府債務も拡大し続ける国の通貨である円が、「避難通貨」として買われるのはなぜだろうか。地政学リスクの高まりは、従来はその周辺の国・地域の通貨が売られる要因であったが、近年の円の動きはその逆だ。例えば、2017年夏に北朝鮮から日本近海へミサイルが発射された際に円が買われ、2018年に入りトランプ大統領金正恩朝鮮労働党委員長が米朝対談を行うとの声明がなされ会談が実現した際には朝鮮半島の緊張緩和―地政学リスク低下―の期待から円が売られた。リスクイベント時の為替相場の変動は、地政学リスクが高まった際に、その地域以外の主要通貨や金などの安全資産が買われるといったかつての傾向とは明らかに異なっている。
本研究では、「避難通貨」を決定する要因について分析を行うことで、市場リスク志向度が為替へ与える影響を定量的に把握し、中長期的に為替変動を安定させるための手がかりを探っている。
具体的には、市場の不確実性-CBOEボラティリティ指数(VIX)-の変化に対する為替の感応度を示す避難通貨指数を構築し、2002年から2017年までの間に14通貨の避難通貨か脆弱通貨としての性質と決定要因が時間とともにどのように変化したかについてパネル回帰分析を行った。その際、経常収支・キャリートレード・市場流動性の3つの避難通貨の決定要因の仮説を検証した。
全期間のデータを用いた実証結果では、経常収支黒字が大きく、市場流動性が高い(為替レートのビッドアスク・スプレッドが狭い)ほど、避難通貨としての性質が高まることが示された。しかし、リーマンショック前と後でサンプルを分けて検証すると、リーマンショック後は経常収支が決定要因として統計的で有意でなくなる一方、キャリートレード仮説(低金利で特に米国金利より低い際に避難通貨の性質が強まる)が有意となった。つまり、リーマンショックを境に、避難通貨の決定要因はファンダメンタルズに基づく対外債務の持続可能性(経常収支黒字)から金融市場要因(金利差などのキャリートレード要因や通貨の市場流動性)に移行していることが示された。
これは各国中銀の金融政策のスタンスと市場のリスク選好の変化が避難通貨の性質に与える影響が拡大していることを示している。すなわち、米連邦準備制度理事会FRB)や各国中央銀行の金融政策スタンスの変化は、金利変化を通じて為替レートを変えるだけでなく、円をはじめとした避難通貨の性質の変化を通じて、ショック時の市場のリスク志向度と為替レートの相互関係を変えてしまう可能性がある。本研究の結果を用いれば、こうした動的な変化も定量的に考慮することができる。
アジア域内に目を向けると、円の強い避難通貨としての性質は、危機時の円高による輸出不振から自国の景気回復の遅れにつながる。一方、脆弱通貨であるアジア新興国は、危機時の通貨安に加え円高により輸出競争力が増し、輸出主導の景気回復が進展する。日本の輸出の半分がアジア向けであることを考えると、円の避難通貨の性質はマイナスの側面だけでなく、アジア全体の安定的成長に寄与する側面もあるといえる。中国人民元避難通貨となるにはまだ距離があることを鑑みると、円が避難通貨の性質を失うとアジア地域の早期の景気回復プロセスにむしろ悪影響がでる可能性がある。
経常収支は貿易や投資構造によって決定されるため、短期的にトレンドが変化することはないが、金融市場要因は日々変化するものである。もし、円の避難通貨としての性質が金融市場要因に立脚する部分が増しているのであれば、こうした性質は必ずしも長期的に維持されるとは限らない。つまり、政府・日銀の市場への向き合い方と政策対応が、今後の為替相場と経済成長の安定性を支える上でより重要になってきているといえる。