fxdondon’s blog

fxdondon presents 世界の政治・経済・財政を考察し、外国為替相場を読み解きましょう

アメリカと中国 スモール・ディールに終わった貿易協議後の米中関係

東京財団政策研究所
佐橋 亮
東京大学東洋文化研究所准教授

2019年12月13日に、米中貿易協議は「第一段階」での合意を見た。これにより、15日に発動される予定であった関税第四弾などの新たな対中「制裁」は避けられ、昨年に賦与された関税に関しても緩和されることになる。中国も相応の措置をとるとすれば、これで米中による関税の応酬、世界経済のリスク要因は少なくとも当面和らぐことになり、その期待を受けて米政権の関心事でもある株式相場は持ち直している。
12日にトランプ大統領と面会したマイケル・ピルズベリー氏は、第二段階の貿易協議は大統領選後まで持ち越されるとの観測まで語っているが、たしかにこれから当面の間、世論には評判の悪い関税を行使してまで貿易協議で米中関係を揺さぶることをトランプ大統領は選択しないのかも知れない。
しかし、今回の合意は「スモール・ディール」と呼ぶに相応しい。その内容は中国による更なる米国産農産物の購入や知的財産権保護の追加措置の約束に過ぎず、トランプ政権が求めてきた国有企業への補助金見直し、科学技術の窃取など産業政策にからむ対応を実質的に先送りしているからだ。もとより、それらの内容を満たすことは中国の政治体制のゆらぎに直結するため困難であり、それが今年5月に両国政府が交渉の妥結間際で決裂した背景でもあった。トランプ大統領は合意を成立させたと固持するが、今回は、いわば本丸に切り込まず、目先の政治成果と短期的な経済効果を狙ったものであり、中国政府は幸運に恵まれたと言える。他方で、米政権内の経済ナショナリストは納得していないだろう。
アメリカの対中強硬論の中核にあるのは戦略的競争であり、その目標は米国の優位を維持することにある。その政策手段は、議会の立法や各省の省令等から成り立っており、官僚機構・軍における対中強硬論が解けていない以上、粛々と今後も中国との関係を制約するような動きが見られていくだろう。
それゆえ、2020年は、米中貿易協議の行方にやきもきさせられることはないのかもしれないが、多くの分野で緊張が生まれることに備えておいた方がよい。
まず、米政府の経済・技術に関わる規制は2020年にこそ本格化する。これまでパイロット・プログラムとして実行されている対米外国投資委員会(CFIUS)の規制強化が始動する。中国製品を念頭に、米国企業に対して、懸念のある外国において製造された通信設備の使用を禁止する大統領令は、その実施を前にパブリック・コメントが現在募集されており、それを踏まえ早ければ2019年末にも発令される。半導体分野を中心に、中国への輸出管理を望む声は根強い。
科学者・留学生など人の移動に関する制約はビザ短縮化や審査強化の形ですでに強まっており、研究型大学も助成元の政府部門の求めに応じて技術流出への対応を進めている。FBIや司法省による動きは活発化しており、サイバー攻撃だけでなく、大学、企業研究部門からの技術流出を行う「非伝統的な収集者」の更なる摘発もあり得るだろう。エマージング・テクノロジーと基盤技術に関する規制も、公表されている14項目のいくつかの分野を先行させつつ、国際レジームではなく米政府単独での規制の可能性を含め、議論が本格化する見込みだ。
2020年は大統領選が過熱してくる。中国とのスモール・ディール後に、トランプ大統領の取引主義はむしろ同盟国との駐留負担経費に向かってしまうのかも知れない。これまでの民主党候補の議論をみると、対中関税への批判は多かったが、具体的な内容としては人権や気候変動といった観点での中国への視線もあった。一般的には、民主党にも中国が国際秩序に投げかける問題への理解があったといえる。しかし、きわめて中国に宥和的で中国内政への無関心を貫いているブルームバーグ候補の登場で、民主党内でも若干混迷している。国際的に著名なジャーナリスト、ファリード・ザカリア氏のように米中対立への批判も増えてきた。
こういった状況下で、2008年を想起するまでもなく米大統領選の年を局面を転換させる機会と見る向きもあり、これまで守勢に回っていた中国が、何かしら現状変更を意図したような行動を形にしてくることはあり得る。