fxdondon’s blog

fxdondon presents 世界の政治・経済・財政を考察し、外国為替相場を読み解きましょう

英国の金融性悪説

東洋経済オンライン
英国の欧州連合(EU)離脱の交渉が難航する中、ヨーロッパの各都市は国際金融都市ロンドンのお株を奪おうと、金融機関の引き抜き合戦を繰り広げている。特に熱心なのがパリで、これにフランクフルト、ルクセンブルク、ダブリン、アムステルダムが続く。しかしこれらの都市はロンドンをまねて、国際的な金融センターになるべきなのだろうか。
実は2008年のリーマン危機をきっかけに、国際的な金融センターを持つことの利点は再考を迫られるようになっている。巨大な金融センターの存在がポルシェの販売店や高級クラブにとってプラスなのは明白だ。だが、その他の経済に及ぼす悪影響は無視できないとする指摘が出ているのである。
イングランド銀行(中央銀行)チーフエコノミストホールデン氏は、銀行業界を「汚染源」と呼ぶ。「システミックリスク」は「有害な副産物」であり、イギリスを含む各国は「金融危機が国民に対してもたらした社会的コスト」を今も負担させられているという。
同様の指摘はほかにもある。たとえば、国際決済銀行(BIS)エコノミストのセチェッティ氏らは、金融セクターが過度に巨大化すると生産性や経済成長に悪影響が出ると主張している。理由は、金融部門が巨大化すると人材の配分が歪むことだ。金融機関の収入は概して高いため、ほかの産業で働いたほうが生産性の向上に寄与する高度な人材までもが金融部門に奪い取られる結果となっている。たとえば、イギリスでは一流大学で工学を専攻した卒業生の多くが高給の投資銀行で働き、建物や機械ではなく、複雑な金融商品を設計するようになっている。
セチェッティ氏らによれば、銀行融資が不動産偏重である点も問題だ。銀行は担保の取れる不動産融資を好み、テクノロジー関連など審査の難しい案件を嫌う。このため金融セクターが過度に大きくなると、資金配分が歪み成長が阻害されるおそれがあるという。
別の研究によれば、民間部門の債務がGDP(国内総生産)の80?100%を超えると経済に悪影響が出始める、とされる(リーマン危機当時、イギリスの民間部門債務はGDPの180%を超えていた)。金融セクターが巨大化すると為替が強くなり、輸出競争力が低下する、という説もある。
中でも物議を醸しているのが、イギリスのシェフィールド大学による最近の調査だ。同調査は、イギリスが高度な金融ビジネスに特化した結果、経済全体にどれだけのマイナス影響があったかを試算した。
結果は、2015年までの20年間で4.5兆ポンド(約660兆円)。現在のGDPの2年分だ。仮にこの分析が正しいとすれば、われわれイギリス人はユーロスターの列車にロンドンで働くバンカーを詰め込んで、パリなどに送りつけるべきである。
このような、金融の利点もぜいたくと同じで過ぎれば毒になる、という議論も確かに一理ある。しかし、この試算にどれだけの信憑性があるのだろう。金融機関が他国に移転して失業者が生まれた場合、その失業者は全員、ほかの産業の成長によって再雇用できると言い切れるのか。そもそもイギリスの製造業は、金融以外の理由で競争力を失ったはずである。
イギリスでは今まさに、このような金融性悪説の実地検証が始まろうとしているかに見える。EU離脱交渉で驚きの突破口が現れ、モノとサービスの自由貿易圏が実現するのでもないかぎり、ロンドンの金融機能は本格的に他国へと移転していくだろう。仮にそうなった場合、イギリス人はBISのエコノミストなどの主張が正しかったことを願うほかなくなる。金融性悪説をばかにしていられるのも今のうち、ということだ。